第55章 Nightmare before Xmas〔亜久津仁〕
「あァ?」
ダウンジャケットのポケットに両手を突っ込んだ亜久津が、ガードレールにもたれて立っていた。
足元に二つ、タバコの吸い殻が落ちている。
「昨日は送ってくれてありがとう。これ、クリスマスのプレゼント、私から」
ケーキの箱を差し出すと、亜久津は面食らったような表情で「ああ、悪りいな」とそれを受け取って。
そのまま「行くぞ」と言って、駅とは反対方向へ歩き出した。
「ちょ、どこ行くの?」と小走りに追いかけると、バイクの前で亜久津が立ち止まった。
黒とメタリックシルバーのツートーンがかっこいい大型バイク。
手慣れた動きでエンジンをかけるのを呆然と見守っていると、身体にバルルル、という重低音が響く。
亜久津は颯爽とまたがると、私にヘルメットを差し出して「後ろ、乗れ」と顎をしゃくった。
予想もしていなかった展開で上手く反応できない私に、亜久津は顔をしかめて苛立ったように言った。
「乗るなら早くしやがれ、置いていかれてえのか」
「いっ、いいえ!」
「掴まっとかねーと振り落とす」
…亜久津ならやりかねない。
意を決して、手渡されたジェットタイプのヘルメットをすぽっと被る。
小さく「失礼します」と言って、おそるおそる腰に手を回した。
ダウンジャケット越しにも、引き締まってごつごつしている身体がわかって、妙にどきどきする。
エンジンがむき出しで機能美と無骨さが同居するこのバイクに、亜久津の無駄のない身体はとても似合っていると思った。
「…手袋もねーのかよ」
「う、うん…」
「チッ、仕方ねーな」
亜久津のお腹の前で組んだ手が、ダウンジャケットのポケットへと誘導される。
左のポケットにはタバコとおぼしき紙箱が、右にはカイロが入っていた。
暖かいポケットの中とは対照的に、亜久津のダウンジャケットの表面は、私のコート越しにもわかるほど冷え切っていた。
カイロで暖を取りながら、長い間待っていてくれたのだろうか、私のことを。
自惚れるなと怒られるだろうか。
私の心臓も、バイクと一緒にすっかり走り出してしまう。
信号待ち、少しでも落ち着こうと深呼吸したら、メンズの整髪料とタバコが入り混じった匂いがして。
これが亜久津の匂いなんだ、なんて思ったらちっとも落ち着けなかった。
エンジンの振動音がなかったら、きっと私の鼓動は亜久津に筒抜けだったに違いない。