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短編集【庭球】

第55章 Nightmare before Xmas〔亜久津仁〕


「うち、母子家庭でさ。なかなか厳しくて…ほら、私大って入学金とかバカにならないし」
「………」
「大学がなかなか辺鄙なところだから、とりあえずバイト代貯めてバイク買おうかなって。どうせなら大きめのかっこいいやつに乗りたいと思って」


チッ、また舌打ちが聞こえた。
深刻なトーンにならないように、できるだけ明るい口調を心がけたつもりだったけれど、亜久津は不機嫌そうに押し黙ってしまった。
気を遣わせてしまったらしい。
申し訳ないことをしたなと思いつつ、事実だから取り消すわけにもいかなくて、電車の中ではお互い終始無言だった。


「ほんとにありがとう」
「フン」
「亜久津も気をつけて帰ってね」


本当に家の前まで送ってくれた亜久津にお礼を言って、家に入った。
結局、あれから会話らしい会話はほとんどなかった。
何か用事があったのだろうか、やっぱりモンブラン?
でもモンブランは昨日食べているはずだし。

まさかのまさかだけれど、本当に送ってくれるためだけに?
──あの亜久津が?


* *


次の日も、やっぱり朝から戦争だった。
昼食どころかトイレに行く暇もないくらい、まさに目が回るような忙しさ。
クリスマスイブと日曜が重なっていることもあって、前日よりもお客さんは多かった。

開店準備の合間を縫って、モンブランをいつもより一つ多く、二つ買い置いた。
もし今日も亜久津が来てくれたら、私からのクリスマスプレゼントだと言おう。
バイトの件を他言しないでいてくれたことへのお礼もしていなかったし。
もし来なくても、自分と母親へのプレゼントにすればいい。
亜久津があんなに入れ込んでいるのだから、きっとおいしいはずだ。


昨日と同じように、ふらふらになりながら店を出る。
ぐるりと視線をめぐらせると、そこには。


「…やっぱり来てくれた」
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