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短編集【庭球】

第55章 Nightmare before Xmas〔亜久津仁〕


ほっとしつつ、おそるおそるそう尋ねると、亜久津はまた舌打ちをした。
今度はずいぶんと派手に。
クリスマスなんだから気を利かせてモンブランを用意しておけということだったのだろうか、だとしたらまったく気が回っていなかった。
ごめんなさい、と謝ると、亜久津は焦れたようなため息をついた。


「こんなとこ突っ立ってても寒いだけだろーが」
「ご、ごめん」
「遅えから送るっつってんだよ、テメー家どっちなんだよ」
「ええ?! ウチ、結構遠い…」
「ンなこたァ聞いてねえ、早くしやがれ」
「こ、こっち!」


普段よりも数段低い声に気圧されるように、駅へと足を進めた。
家まで送ってくれるつもりなのだろうか。
隣を歩く背の高い影を、信じられない思いでそっと見上げる。

見慣れた制服ではない、明るい髪色がよく映える黒っぽいダウンジャケット。
ふと襟元から覗いた耳が、赤くなっている気がする。

もしかして、待っていてくれた…?
…いや、まさか。
まさか、ね。


「…ねえ」
「ンだよ」
「うちのモンブラン、おいしいの?」
「…ま、悪くはねえ」
「そうなんだ」
「食ったことねーのかよ」
「あ、うん。ないよ」


そう言うと、亜久津はその鋭い瞳をぎろりと見開いて私を睨んだ。
あ、こんな顔初めて見た。
いや、睨んだのではなくて、亜久津なりの驚いた表情なのかもしれない。


「…そういやテメー、なんでバイトなんかしてんだよ。優等生ってやつだろ」


「亜久津ほどじゃないよ」と笑うと、「ドタマかち割んぞ」というおきまりの台詞が返ってきた。
定期試験のたびに全教科で学年一位を取ってしまう亜久津には及ばないけれど、学年二位というのが私の定位置。
志望校に指定校推薦をしてもらうために、死守してきたポジションだ。
いくら他人に興味のない亜久津でも、順位表で常に自分の真下にいる私のことは認識していたらしい。
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