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短編集【庭球】

第55章 Nightmare before Xmas〔亜久津仁〕


バイト中、カウンター越しになら一言二言のやりとりができるようになった。
亜久津は、ハロウィン直前にはかぼちゃの被り物を、十二月に入るとサンタ帽を被り始めた私に「浮かれてんな」と突っ込んできたり、いつもの癖でフォークを箱に入れようとすると「いらねえっつったろーが」と言ってきたりした。
「たまにはモンブランじゃなくてショートケーキとかどう?」と尋ねた日には「ふざけんじゃねえ、ドタマかち割んぞ」と凄まれたけれど、モンブランへのこだわりが可愛らしくて、つい笑ってしまったりもした。
懸案だった指定校推薦も、本当に黙っていてくれた亜久津のおかげで、無事勝ち取ることができた。

見た目や口調から勘違いされやすいだけで、意外と優しい人なのかもしれないと思った。
いや、私もばっちり勘違いしていたクチだから大きなことは言えないけれど。
あるいは、甘いものを食べると気持ちが落ち着くのかもしれない。
だとすれば、モンブランは間違いなく世界を平和にする偉大な食べ物だ。
私はチーズケーキ派だけれど、モンブランを見直さなければいけないな。


* *


亜久津からの「今日行く」というたった四文字のメッセージに、「了解です」とこれまた四文字を返すやりとりが十度目を数えたのは、クリスマス商戦が始まる前日、十二月二十二日のことだった。

閉店間際、滑り込むように入ってきた亜久津に、いつものようにモンブランを手渡した。
レジを打ちながら「明日からが勝負だよ」と話しかけると、亜久津は眉をぴくりと上げながら「はァ? 何の話してやがんだ」と言った。
無視されないということは続きを促されているのだと、都合よく解釈する。
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