第55章 Nightmare before Xmas〔亜久津仁〕
決して大きくはないのに凄みのある声は、緊張で張り詰めている空気をびりびりと震わせた。
それを耳にするだけで恐怖で涙が出そうになるけれど、なんとか踏みとどまる。
大きく息を吸って、大丈夫、言わなきゃ。
「わ、私、もうすぐ指定校推薦で…」
「………」
「昨日のこと、見逃してもらえると嬉しいなと」
「…俺に指図すんじゃねーよ」
「指図じゃなくて、お願いなの!」
亜久津の言葉に被せんばかりに一際大きな声でそう言うと、必死さが伝わったのか、亜久津は私から視線を外して、「フン」と言いながら髪に触れた。
ここまで来て引き下がるわけにはいかない、あと一押しだ。
「もちろんタダでなんて言わないから! 週に一回モンブラン、で手を打ってもらえませんか」
午前中、授業をほとんど聞かずに考えた交換条件。
モンブランの値段はちょうど時給の半額だったはず。
痛い出費ではあるけれど、背に腹はかえられない。
いや、モンブランぽっちで見逃してもらえるなら御の字か。
亜久津は何を思うだろう、割に合わないと怒るだろうか。
返答が怖くて思わず下を向くと、スカートの裾が風にはためいているのが目に入った。
両手を握りしめて落ちてくる言葉を待っていると、舌打ちが聞こえた。
「…俺は女をゆするほど落ちぶれちゃいねえ」
不機嫌そうなその声にそっと顔を上げる。
亜久津は眉間の皺をさらに深くしながら制服のポケットから煙草を取り出して、慣れた手つきで火をつけた。
「あの、でも」
「話はそんだけかよ、くだらねえ…ケッ」
亜久津がふっと吐き出した煙が、あっという間に風に流されていく。
あれ?
なんか、意外と、普通…?
「何見てんだ、ぶっとばすぞ」