第55章 Nightmare before Xmas〔亜久津仁〕
奥さんの言いぶりを見ると、やっぱり常連のようだ。
一週間前といえば、テニスの日本代表の合宿だか遠征だかで一カ月以上公休扱いだった亜久津と千石が、久々に学校に来たのが一週間前だったっけ。
それよりも、あの亜久津とまともに会話している人、初めて見た。
学校で亜久津に話しかけるのなんて、千石だけなのに。
それも大抵軽くあしらわれて、コミュニケーションにならずに終わってしまうのに。
「いつものでいい?」
「ああ」
「渚ちゃん、モンブラン箱詰めしてくれる?」
「あっ、は、はい…」
「ふふ、この子ね、林渚ちゃん。ちょうどアナタが遠征に行ってた間に入ってもらった新人ちゃんなの、よろしくね」
唖然としながら二人のやりとりを見ていたら、奥さんが急に私の名前を呼んだ。
ああもう、わざわざフルネームで紹介なんてしてくれなくていいですから!
唯一残されていた、他人の空似という逃げ道がなくなってしまったことに絶望する。
視線は合わせずに一応小さく頭を下げると、小さな舌打ちが聞こえた。
やばい、ますますやばい。
震える手で紙箱とトングを持つ。
逃げ出したくなるのを何とかこらえてモンブランを一つ箱へ入れると、「あ、もう一つね。いつも二つ買ってくれるのよ」という奥さんの声が落ちてきた。
わざわざモンブランを指名買いで、しかも二つだなんて、この筋金入りのスイーツ男子っぷり。
あの極悪人の亜久津が、だ。
保冷剤とプラスチックのフォークを入れて、箱に封をする。
亜久津は、レジに立った奥さんに千円札を差し出しながら「腹、ずいぶんでかくなったんじゃねーか」と話しかけた。