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短編集【庭球】

第55章 Nightmare before Xmas〔亜久津仁〕


そして三つ目──これが一番重要なのだけれど──私がこのケーキ屋でアルバイトをしているのがバレてしまったこと。

何がまずいって、山吹は校則でバイトを禁止しているから。
しかも、私は大学への指定校推薦を目前に控えている身。
まさに品行方正が求められるシチュエーションなのだ。
だから友達や教師には見つからないように、わざわざ学校から一時間は離れた店を選んだというのに。
ああ、こんなことになるなら人が変わるくらいの化粧でもしておくんだった。



私と目の合った亜久津は、眉根を不機嫌そうに寄せて。
一瞬動きを止めたように見えたものの、結局出ていくことなく、店に足を踏み入れてきた。
冷たいショーケースのそばにいると身体の芯から冷え切ってしまうのが常なのに、つうと背中を汗が伝った。
いつもなら流れるように言えるはずの「ご注文は何になさいますか」という言葉が、口の中がからからに渇いてちっとも出てこない。



「あらー、久しぶりね!」


永遠にも思えた沈黙を破ったのは、場違いなくらいに弾んだ声だった。
後ろから聞こえたそれは、店長の奥さんのもの。
振り向かなくても声の主はわかりきっていたけれど、亜久津から視線を外したいがためにわざと振り返る。
案の定というかやはりというか、電話をしているわけでもなく奥さんはまっすぐこちらを向いていて、その言葉の宛先が亜久津しかいないことを物語っていた。

久しぶりって、常連ってこと?
いやいや、嘘でしょ?
亜久津がケーキ屋に足繁く通っているだなんて、しかも奥さんとばっちり顔見知りだなんて、そんなバカな。

どうにも信じられなくて、そろりと亜久津の様子をうかがうと、亜久津はドスの効いた声で「…ああ」と言った。
威嚇されているとしか思えないその口調に、私はいとも簡単に怖気づいたけれど、奥さんは平気な顔で、むしろにこにこしながら私の隣まで出てきて「いつ帰ってきたの?」とさらに質問を重ねる。


「…一週間前だ」
「そうだったの、お疲れさま。もう、しばらく来てくれなかったから淋しかったわー」
「……フン」
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