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短編集【庭球】

第55章 Nightmare before Xmas〔亜久津仁〕


*高校三年設定





なんの変哲もない、十月のある日、のはずだった。
その瞬間までは。


「いらっしゃ、いま…せ……」


カラコロと鳴ったドアベル。
それを耳にすると条件反射的に出てくる接客の挨拶と営業スマイルが、来客の顔を見た瞬間、液体窒素でも浴びせられたかのように瞬間的に凍りつく。
なんとか最後までしぼりだした「いらっしゃいませ」は言葉尻がかすれてしまって、対象に届いたかすら怪しい。


やばい。
非常に、やばい。

なんで亜久津が、ここに。




驚きで心臓が止まるかと思った。
むしろなんで止まらなかったのか不思議なくらいだ。


一つ目の驚きは、亜久津に校外で出くわしたこと。

クラスメイトの亜久津は、思いつく限りの不良の要素をてんこもりに持っていて、極悪人、なんて見た目どおりの二つ名が囁かれている。
チンピラ十人をたった一人であっさりのしてしまったとか、このあたりを裏で取り仕切っている怖い大人からも一目置かれているとか、いかにも信憑性の薄そうな話が妙にもっともらしく聞こえてしまうあたり、およそ一介の高校生とは思えない。

当然なかなか授業にも出てこないし、クラスは一緒だけれど言葉を交わしたことは一度もないし、誰かとつるんでいる姿も見たことがない。
どんな生活をしているのかもまったく謎に包まれていて、学校の外で見かけるなんて相当の衝撃なのだ。


二つ目、ここがケーキ屋であること。

強面の亜久津と甘いスイーツなんてまるで対極。
意外、なんて安直な言葉では言い尽くせない。

目つきも口もガラもとんでもなく悪いあの亜久津が、ケーキを?
入店してくるということは明確に買う意思があるということなのだろうけれど、カウンター越しにばっちり視線が絡んでしまった今でさえ、二つの項があまりに縁遠すぎて、結びつけるのが難しい。
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