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短編集【庭球】

第54章 冷たい手でもいいよ〔財前光〕


私と財前は、明日のパーティーに向けてスーパーへ買い出しに行く係。
「金銭感覚が一番しっかりしてそうやから」というのは小春ちゃんの弁だけれど、こっそりウインクを寄越してきたことを鑑みれば、気を利かせて財前と二人きりにしてくれたという側面もあったかもしれない。
銀はさっき私には敵わないと言っていたけれど、私に言わせれば小春ちゃんの鋭さには絶対に敵わない、だ。



そんなことをぼんやり考えながら親指にぎゅっと力を入れると、手の中のテニスボールが少し凹んだ。
もうストローク練習には使えないと判断して、サーブ練やスマッシュの球出し用のかごへ入れる。

ボールは消耗品だ。
古くなると打感が変わってきてしまうから、定期的にこうして選別して入れ替えなければいけない。
見た目で判断できればいいのだけれど、雨が降ったり金ちゃんのように強いスピンをかけたりすると、打感より先に見た目が劣化してしまう。
二週間に一度、こうしてひとつひとつ押して確認するのが一番確実なのだ。

マネージャーの仕事の中でも、一番骨が折れて一番地味。
でも、四天宝寺が強くあり続けるためにはおそらく一番重要な作業。
そう言い聞かせて、無心にボールと向き合う。



財前のことが気になり始めたのは、全国大会で青学に負けたとき。
試合が終わったあと、一人で泣いていたのを見てからだ。
それまでは群れるのが嫌いな、あまり四天宝寺っぽくない子だといった印象だったけれど、外からは見えないだけで熱いものを持っているのだと気がついて。

その日から急にかっこよく見えてしまうのだから、人間というのは本当にわからない。
とはいっても財前の感情は外からはとても見えづらくて、日々観察したところでほとんど何もわからないのだけれど。




「まだっすか」


不意に、ため息まじりの声が後ろから聞こえた。
手は止めずに振り返ると、財前がヘッドホンを取って、無表情でこちらを見ていた。
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