第54章 冷たい手でもいいよ〔財前光〕
「ごめんごめん」
「ほんま、渚はんには敵わへんな…」
銀はたまらないと言うようにそそくさと帰ってしまったけれど、それでも出がけに「もう暗いから気いつけてな」と言い置いていく優しさには本当に頭が下がる。
広い背中を見送ると、代わりにひゅうと冷たい風が入ってきて、思わず身震いした。
ぐっと日が短くなって、まだ六時過ぎなのに、銀の言うとおり外は真っ暗だ。
部活中も、ジャージ一枚ではそろそろ耐えられない程度に冷え込むようになった。
財前と二人きりになった部室に、また沈黙が訪れる。
「ごめん財前、もう少し待ってて……って、聞こえてないんだっけ」
私の言葉は、また一方的な独り言になる。
ちらりと財前に視線を投げると、こちらには背を向けたまま、相変わらず音楽の世界に浸っているようだった。
とっくに着替え終わっているのに部室に残っているのは、私を待ってくれていると解釈して間違いないだろう。
あまり待たせるのも申し訳ないと、私はもう一度、ボールの選別作業に取りかかった。
私が財前を待たせているのは、二人で買い出しに行くことになっているからだ。
きっかけは一週間前、「キンローカンシャって何なん? ワイに感謝してくれるん?」という金ちゃんのとんちんかんな発言。
「金太郎に感謝、やなくて勤労感謝や。働いてくれてる大人にありがとう、っていう日なんやで」と苦笑しながら諭した蔵が、いつもなけなしの財産を私たちのために使ってくれるオサムちゃんに心ばかりのお礼をするのはどうだろうか、と発案したのだ。
日々ちまちまとやりくりをして浮かせた部費と、みんなの微々たるお小遣いをかき集めてみたら、なんとかささやかな鍋パーティーができるくらいの額になった。