第53章 背中合わせのプレリュード〔日吉若〕
翌日。
着替えを終えて部室から出たところで、先輩と鉢合わせた。
「お疲れさまです」
「お、つかれッ……あ、ほら、昨日、昨日の抽選会はどうだった?!」
何の気なしにかけた言葉に、先輩は俺の方が驚くくらいに取り乱して。
何事かと思わず顔をのぞきこむと、先輩の頬にさっと朱が差した。
固まったように逸らされない瞳が、きらきらと潤んでいる。
俺がいない間に何があったのかはわからないけれど、ああ、ようやく俺の気持ちがわかったのか。
それとも、先輩も俺のことを憎からず思ってくれていて、それをやっと自覚してくれたのか。
そのどちらもだったら一番いいだなんて、自惚れすぎだろうか。
「…何ですか、俺の顔、何かついてます?」
「あっ、ううん、なんでもないの!」
思い切り怪訝そうな顔をしてやると、先輩は慌てたように視線を左右に揺らして、それから下を向いた。
顔を隠したつもりなのかもしれないけれど、真っ赤になってしまっている耳の方がもっと雄弁だ。
それにしても人って一日でこんなに変わるものなのか、なんて驚きとも呆れとも怒りともつかない感情が、喜びの隙間で湧いては消える。
「抽選会といってもクジ引いたわけじゃないですから。ウチ、シードですし」
「そ、そっか! そうだったよね…!」
「ええ」
優しい言葉なんか、かけてやらない。
どれだけ待たされたと思ってるんだ。
「あと五分で始めますから。遅刻、しないでくださいよ」
いつも通り、いや、いつもより冷たいかもしれない声音で言う。
自分の強気な姿勢に我ながら驚きつつ、けれど来る日も来る日も待ち続けたのだ。
これくらいの高飛車は許されるだろ?
振り返りもせずにコートへ向かう。
甘く密やかな予感を胸に、もう少しだけ待ってやるか、と思った。
これまでとは違う、熱っぽい視線を背中に感じながら。
fin
◎あとがき
お読みいただき、ありがとうございました。
前回の更新からずいぶん期間が空いてしまいました。
日吉らしさを書くのに四苦八苦、書いては消し、を繰り返していたらこんなに経ってしまい…久々の日吉、いかがでしたか。
日吉には報われない恋が似合うと思っていて、なんだかんだとずーっと片想いしていてほしい、という私の歪んだ願望がダダ漏れのお話になってしまいました笑
少しでも楽しんでいただけたら幸いです。