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短編集【庭球】

第53章 背中合わせのプレリュード〔日吉若〕


「日吉ってば冷たーい。もう少し優しくしてくれてもいいんじゃない? こーんなに片づけてあげたのにー」
「…あの、それについてはありがとうございました。綺麗に使います」


いつもは笑ってごまかすところだけれど、今日ばかりは勝手に背中を使う権利があると思う。
恩着せがましい言葉を投げかけながら、唇を尖らせて拗ねたふりをしてみせると、日吉は私に向き直って少し頭を下げた。
古武術をやっているだけあって、本当に礼儀がしっかりしている。
飛び跳ねることしか考えていない単細胞や偉そうなだけの俺様とは大違いだわ、なんて思っていたら「でも、掃除の件と向日さんの件とは話が別でしょう」と冷ややかな台詞が追いかけてきた。
何それ、前言撤回、全然かわいくない!


「日吉のケチ!」
「ケチで結構です」


呆れたようにそう言い残して歩き出す日吉の背中を見送りながら、たぶん明日も明後日も借りることになるからよろしく、と私は心の中で手を合わせた。





次の日。
虫の居所が悪かったのだろう跡部に捕まりそうになって、必死に日吉を探したけれど。
部室の隅のロッカーにもテニスコートにも、その姿はなかった。


「今日ばっかりは逃げらんねーな、アーン?」
「うッるさい!」


しまった、今日は一か月後から始まる新人戦の抽選会で、日吉はいないんだった。
そう気がついたのは、跡部に捕えられた直後。
にやにやと笑う跡部の安い挑発に乗ってしまった私を待っていたのは、何割増しかわからないくらいに長尺のお説教だった。





「あー、日吉がいないと困るー…」


ようやく跡部のいなくなった部室でそう独りごちると、みんな顔を見合わせて苦笑した。
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