第53章 背中合わせのプレリュード〔日吉若〕
私の引き継ぎは過不足なく完璧だった。
はずなのに、「部室の掃除」という項目だけが、彼の頭からは抜け落ちてしまっているらしい。
あまり干渉しすぎるのも悪いからと口を出さずにいたけれど、それも我慢の限界だった。
こんなに散らかっていたら、試合の申し込み書や部費申請書なんかの大切な書類も、なくしてしまうに決まっている。
しびれを切らして日吉にそう直談判すると「手伝います」と言って聞かなくて、かなりもめたけれど。
「林先輩が掃除してくれたんだから汚すな、と部員を律してくれた方が効果があると思う」という私の主張に、不服そうな顔をしながらも最後は折れてくれた。
みんなが練習試合で出払った昨日、私は半日かけて大量のゴミと格闘したわけだ。
その甲斐あって、あんなに雑然としていた部室は、いっそ寒々しいと思えるくらいにすっきり片づいた。
視線を巡らせると、部室の隅のロッカーに向かって一人静かに着替えている日吉の姿があった。
「ひーよーしー、助けてー!」
名前を呼びながら、岳人に捕まらないように大急ぎでその背中に回り込む。
申し訳ないことに日吉はまだポロシャツに片腕を通しただけで引き締まった腹筋が丸見えの状態だったけれど、私が後ろに来たからといって着替えのペースを早めたりしないあたり、肝が座っているというかなんというか。
「…またですか、今日はなんです?」というポロシャツ越しのくぐもった声のあと、静電気なんかとは無縁なのだろうさらさらの髪が襟ぐりからのぞいた。
私と岳人に挟まれても淡々と襟元のボタンを留めてジャージを羽織るふてぶてしさは、さすが部長の器だと褒めておくべきだろうか。
「岳人がマンガ捨てられたって怒るの、ロッカー入れとかなかったくせに!」
「ただのマンガじゃねーんだよ、買ったばっかの新刊だっつったろ…」