第52章 君だけに贈る嘘〔仁王雅治〕
「何それ…てっきり柳生くんだと…」
「惜しいといえば惜しいか。柳生も呼んであるからのう」
「どういうこと?」
どうやら非常階段に出てくる直前、トイレで柳生くんと入れ替わったらしい。
今、カラオケの部屋では柳生くんが「柳生くんに変装した仁王」のふりをしているのだという。
クラスメイトには「変装せず丸腰で来た仁王が、カラオケの最中に柳生くんに変装した」ように見える、というわけだ。
「柳生くんもこんなのに付き合わされるなんてご愁傷さまだね…」
「ま、平身低頭頼み込んで買収したからのう。明日から一週間、購買のパン奢りじゃ」
何事もなかったようにけろりとそう言う仁王に、力が抜ける。
振り回されて一喜一憂した私が馬鹿みたいじゃないか。
ため息と一緒に「壮大すぎてついていけないよ」と吐き出すと、繋いだままだった手に力が込められた。
「それだけ手に入れたかった、ってことなんじゃけど」
のぞき込む瞳は、力強く真剣な色。
ああ、私が恋をした、あの瞳だ。
ぺろりと舌を出した仁王が階段を一段登って「で、どうする?」と私を急かす。
「ここで振られると柳生に申し訳が立たんのう」なんて白々しく言うのを、軽く睨んで「そんなこと思ってないくせに」と笑ってやる。
仁王が「プリッ」と視線をそらしたのと、私が一歩踏み出して仁王の隣に並んだのとは同時だったけれど。
いつもの脳内翻訳をする前に唇が落ちてきて、私はまた混乱するのだった。
fin
◎あとがき
お読みいただき、ありがとうございました。
いつもにまして策士な仁王くん、いかがでしたか。
突如思いついたネタでしたが、久々に筆が乗りまして、完結まで自分でもびっくりのスピード感でした。
鉄は熱いうちに打てと言いますが、ネタは熱いうちに書けってことか、なんて。
「ちょいSだけど最後は甘い仁王くん」とのリクエストをくださったりこさま、とても楽しく書かせていただきました、ありがとうございました!
少しでも楽しんでいただけたら幸いです。