第52章 君だけに贈る嘘〔仁王雅治〕
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私たちのクラスは大部屋二つに押し込められた。
仁王のふりをする柳生くんとも違う部屋になったことも相まってか、もともと大人数で騒ぐのが苦手な私が限界を迎えるのは早かった。
一時間もすると息苦しくなって、特に行きたくもなかったけれど「お手洗い行ってくるね」と部屋を出た。
トイレの洗面台の前で必要以上にのんびりして、戻りたくないなと思いながらドアを押し開けると、目の前にあったのは非常階段につながる扉。
部屋までは少し離れているのにクラスメイトが大騒ぎしているのが聞こえてきて、思わず逃げるようにドアノブを回す。
おそらく店員さんが飲み物なんかを運ぶときに使うものなのだろう。
薄暗くてお世辞にも綺麗とはいえないビルの裏側だったけれど、しばらくここにいようと思った。
ひんやりとした外の空気を思い切り吸い込むと、少し楽になったような気がした。
踊り場までの数段を降りて、手すりに寄りかかりながらポケットからスマホを取り出した。
メッセージアプリを開いて、仁王の名前を探す。
仁王と個人的に連絡を取ったことはないけれど、今日くらい許されるだろうか。
「今日のサボりはずるい!」と打ち込んでは消す、という作業を何度も繰り返す。
けれどあと少しの勇気が出なくて、やっぱりやめておこうとアプリを終了させた瞬間、ドアノブが回る音がした。
誰だろうと振り返ると、仁王…にしか見えない柳生くん、で。
今の逡巡を見透かされたような気がしてどきりとしながら、そっとスマホをポケットの中に戻した。
「…奇遇、ですね」
驚いたように瞬きをした彼は、後ろ手に素早くドアを閉めて、私の隣にやってきた。
「柳生くんもサボり?」という問いには「こういう場はあまり得意ではないので」と苦笑を返されて、そりゃそうだよね、なんて思う。