第52章 君だけに贈る嘘〔仁王雅治〕
去年柳生くんと同じクラスだったこともあって、仁王のことはずいぶん前から知っていたけれど。
もちろん校内で一二を争うほどモテることも知っていたから、なんだか住む世界が違う人のようで、それまでほとんど話したこともなかった。
今のように言葉を交わすようになったのは忘れもしない、初めて隣の席になった五月のこと。
休み時間中、椅子の下に寝かせたテニスバッグの中からおもむろにラケットを取り出した仁王がガットにハサミを入れているのを見たときからだ。
ばちん、ばちんという大きな音に引っ張られるようにそちらを見ると、いつも感情のなさそうな仁王が、すごく真剣な表情をしていて。
「そんなに見られると照れるのう」と言われて初めて、思わず目が離せなくなってじっと見つめてしまっていたことに気がついた。
本当は仁王に見惚れていたのだけれど、とっさに「だって、自分で切っちゃうなんてもったいないなって」と、さもガット切りに見入っていたようなふりをすると、仁王は一瞬きょとんとしてから面白そうに笑って、朝練で打ち合っていたら切れてしまったのだとラケットの真ん中を指差した。
ガットは強く引っ張った状態で張られているから、一部が切れると残ったガットがフレームを歪めてしまうのだということ、だからガットが切れたときは上下左右が対称になる順番で手早く一本一本ハサミを入れなければいけないのだということ。
作業を続けながらそんなことを説明してくれた仁王からは、心底テニスが好きなのだと伝わってくるような気がして。
私はいともあっさりと、恋に落ちた。