第50章 God save the King〔跡部景吾〕
私がここ一か月で学んだのは、神様なんて頼りにならないということ。
前に景吾も「最後の最後で頼りになるのは自分だけだ」と言っていたし、なんて自分に言い聞かせて、シートに身を沈めて呼吸を落ち着かせようと試みる。
けれど、それはテニスの話をしているときに出た言葉だった気がして、なおさら不安をかき立てられただけだった。
* *
涼しげな瞳の下にある泣きぼくろが、笑うと少し瞳に近づくことを知ったのはいつだっただろう。
「お誕生日、おめでとう」
「ああ」
嬉しそうに破顔した景吾を見て、私は何を悩んでいたのだろうと恥ずかしくなった。
きっと純粋に祝う気持ちこそが、景吾の一番喜んでくれるものだったのに。
私ときたら苦行呼ばわりして、無駄な足枷をつけてばかりで。
「…生まれてきてくれて、ありがとう」
「はは、面と向かって言われると嬉しいもんだな」
心の底からの言葉。
何はなくとも、この気持ちだけは偽りのない本心だ。
生まれてきてくれて、私と出会ってくれて、こうして一緒にいてくれてありがとうという気持ちは。
優しく髪を撫でてくれていた景吾が、ふとソファから立ち上がる。
部屋の隅に置いてあるチェストの引き出しから何かを取り出して戻ってくると、そのままそれを私の手に握らせた。
赤いベルベットのリボンがかかった、小さな立方体。
「これ…?」
「俺から渚にな」
「え、今日は景吾の誕生日、なんだけど」
「ンなことは知ってる」
「ならどうして…」
開けていいのかと視線で問うと、優雅な手の動きで促される。
この中にヒントがあるのかもしれないとリボンを解いて、やたらと重厚な包装紙を剥いだ。
ワインレッドの箱に確信めいたものを感じながら、そっと蓋を開ける。
「指輪、だ…」
手の大きな私にぴったりの、少し幅広のリング。
真ん中にはまった小さなダイヤモンドが、きらきらと輝いている。
でも、自分の誕生日なのにどうして。
真意を測りかねている私に、景吾は穏やかな口調で言った。
「…言ったろ、俺が欲しいのはお前だけだ」