第50章 God save the King〔跡部景吾〕
誕生日が頭にちらつくようになってから、お屋敷の中に馬鹿でかいプールがあることを知っても、まあなんだかんだどうにかなるだろうなんて楽観視していた一か月前の自分を殴ってやりたい。
景吾の好きなバラの花束を贈ろうかと思っていた矢先、豪邸の庭にそれはそれは立派なバラ園があって、一年中何らかの品種が咲いていることを知った。
ここにならば青いバラが自生していたって誰も驚かないだろう、と妙に納得した。
香水はどうかとどんな香りが好きなのかと尋ねたときには、専属の調香師がいることを教えられた。
どこかでおいしい食事をと思っても、跡部邸にお邪魔すればフォアグラやトリュフなんかを贅沢すぎるくらいに使ったフルコースが出てきて、外で食べたら一体いくら払わなければいけないのかと毎度ぞっとする。
考えていたことすべてで超えられない壁を見せつけられて、私はもう八方ふさがりだった。
アイディアを出し切って、逃げ道は残されていない。
もっとも、景吾に何一つ落ち度なんてなくて、私が勝手にもがいているだけなのだけれど。
授業はいつの間にか終わっていたらしい。
途中からは机の下でこっそりと読みかけの本を読み進めていた忍足は「ま、頑張ってな」という言葉と不気味な笑みを置いて、さっさと一人で行ってしまった。
* *
ぎりぎりになるまで決心できなかったけれど、結局最後に残されたのは変態メガネの言う通り、私自身というなんとも微妙な選択肢だけだった。
昨日の夕方に恥を忍んで買った、普段なら見向きもしないような刺激的な下着を着込んで、当然のように家の前に止まった迎えの車に乗り込む。
シートにそっと置いた化粧箱には、何度も練習したケーキ。
跡部邸でご馳走になるときには食後にいつも手の込んだデザートが出てくるから当然シェフとは別にパティシエもいるのだろうけれど、お金では買えないものとして捻り出した苦肉の策だ。
手編みのセーターやらマフラーを稀代の男前に身につけさせるなんて恐れ多いし、不出来だったときに後々まで残るものはどうしても避けたかったのだ。