第49章 月に願いを〔向日岳人〕
「ん」と言ってくれた、と思う。
岳人はくるりと背を向けて来た道を戻っていく。
普通に歩いているだけに見えるのに、みるみるうちに後ろ姿が離れていって、岳人ってあんなに歩くの早かった?
「岳人!」
「…あ? なんだよ」
いつも私に合わせてゆっくり歩いてくれているんだ、と気づいた瞬間、私は大きな声で叫んでいた。
振り返るのを逡巡したのか、少しの間を置いてから岳人がこちらを向き直る。
言える、はずだ。
今なら、いや、今じゃなきゃ。
ただ、さすがにまた大声を張り上げるのは気が引けて、家に踏み入れかけていた足を岳人のもとへと向ける。
自然と小走りになった足がもつれそうになったけれど、岳人はそれを見越していたかのように私の腕をすくい上げてくれた。
走ったせいだけではない呼吸の乱れを整えるように「ありがとう」と言ったあと、一息に言い切った。
「ちゃんと…ううん、すっごいかっこよかった、さっきの」
岳人が息を止めたのがわかった。
勝気な瞳を一度ぱちりと瞬かせて、それから整った眉を少し歪めた。
「ッたり前だろ、カッコつけたんだから!」
吐き捨てるようにそう言った岳人が、さっきの男の子にしたように私の髪をくしゃくしゃとかき混ぜる。
乱れた前髪の向こうで笑った岳人はもう、いつもの岳人で。
ああよかった、と安堵していたら「公園、行こうぜ」と優しい声が降ってきて、私は大きく頷いた。