第49章 月に願いを〔向日岳人〕
「おい、少年! 俺が取ってやるよ」
岳人はまっすぐ男の子の方に向かって走っていって、そう声をかけた。
男の子は突然現れた岳人に驚いたのか、涙と鼻水で濡れた顔を上げてきょとんとしている。
「いいか、ちゃーんと見てみそ?」
岳人は彼の顔を覗き込んで親指で涙を拭いてやってから、とんとん、と地面の感触を確かめるように数度飛び跳ねた。
男の子は泣くのも忘れて、岳人の様子をじっと見つめている。
「ッしゃ、いくぜ!」
数歩の助走のあと、ベンチの角についた足をぐっと深く曲げて踏み切った岳人は、そのまま高く飛び上がった。
上空でひねりを加えながらの一回転は、まるでスローモーション。
重力から解放されたようで、そのまま地上に降りてこないんじゃないかと思ったくらい。
岳人は試合中でなくてもしょっちゅう飛び跳ねているし、私はそのほとんどを見てきたという自負があるけれど、こんなにも綺麗な軌道を描いたムーンサルトは初めてだった。
鳥が舞い降りるようにふわりと着地した岳人は、口をぽかんと開けて呆気にとられている男の子に「取れたぜ、ほら」と手の中のテニスボールを差し出した。
男の子は、信じられないと言うようにボールと岳人とを交互に見つめて「お月さま、取ってくれたの…?」とおそるおそる尋ねる。
岳人が空を指差したのにつられて私も見上げると、絶妙のタイミングで月に雲がかかって、見えなくなっていた。
「ああ、ほしかったんだろ? ほら、俺が取ったから、お月さまなくなっちゃったろ?」
「うん!」
「ほら、お兄ちゃんにありがとう、でしょ?」
「ありがと!」