第49章 月に願いを〔向日岳人〕
「お、今日満月だぜ」
弾んだ声に、視線を上げた。
ぽっかり浮かんだ、まんまるの月。
「ほんとだ、綺麗。十五夜かな」と相槌を打つと、隣を歩く岳人は「そうかもな」なんて生返事をしながら腕を伸ばして、月まで届けとばかりにぴょんと一つ跳んだ。
私では届きそうもない、ずいぶん高いところまで上昇したけれど、さすがに重力には逆らえないらしい。
本体とともに落下してきたラケットバッグの中身が、着地の衝撃でがしゃがしゃと暴れ回る音が聞こえた。
部活後、二十分くらいの帰途を、マネージャーの私と岳人は毎日一緒に歩く。
私の家の方が少し遠くて、岳人の家はその通り道にあるのだけれど、岳人は律儀に自宅を一旦通り過ぎて、私を家の前まで送り届けてくれる。
それがお父さんと喧嘩をして家に帰りたくないがための単なる暇潰しなのだと知ったのは、もう二年前のこと。
その日、私はまるで失恋したみたいに落ち込んで、皮肉にも自分の気持ちを知る羽目になった。
岳人はいつも、空ばかり見ている。
いつだったか、そんなに空を飛びたいならパイロットにでもなればいいのに、と言いかけたことがあったっけ。
とんでもない曲芸飛行を極めようとする姿がありありと想像できて、喉まで出てきていた言葉を飲み込んだんだった。
空を見ていないのは、テニスでボールを追いかけているときくらいのものだと思う。
少しは私の方も見てほしいのに、なんて。
たとえば今のようなふとしたときに湧き出てきてしまうその感情は、ひどく子どもじみた嫉妬。
その程度はいくら私でも理解していて、口に出してしまうことはどうにか阻止しているけれど、それを自覚するたび、自分の度量の狭さがほとほと嫌になる。