第48章 魔法の杖と絶対値〔観月はじめ〕
それを見ていたらしい観月が「僕がやりましょうか」と、ティーカップを置いて手を差し出してきた。
ありがとう、と手渡すと、観月は芯には直接触れずにティッシュ越しに抜き出して、そのままティッシュをくるくると丸めてゴミ箱へと放った。
手も汚さない、短い芯を取り落として机や床を汚すこともない。
こんな何気ないところでも、観月はやっぱり正しい。
「どうぞ」の一言とともに手元に戻ってきたペンが、なんだかとてつもなく大切なものになった気がした。
これを使えば、数学でもなんでもできてしまうんじゃないだろうか、魔法の杖のように。
「ちょっと、そこ、おかしいですよ。絶対値がマイナスになるわけないでしょう」
「へ?」
「ここですよ。マイナスにならない理由、わかってますか? さっき言いましたけど」
「わかってるよ、ゼロからの距離だから必ず正の数、だっけ」
「そうです」
「…あ、ここ書き間違いだ」
「しっかりしてくださいよ、こういうところで取りこぼすから赤点になるんです」
もっともすぎてぐうの音も出ないこの状況をなんだかんだと喜んでいる私は、柳沢の言う通り変態なのかもしれない。
設問のたび、面倒ながらも数直線を書いていた甲斐あって、ようやくコツが掴めてきた。
観月の書いてくれたお手本に比べると、ぞっとするほど乱雑なものだったけれど。
「今日だけで私、一生ぶんの数直線書いた気がする」
「ずいぶん短い命ですね。…はい、今のページは全問正解です。少し休憩しましょうか」
大ぶりなティーポットから、私の分の紅茶を注いでくれる。
ティーコジーをかぶせてあったからか、まだあたたかい。
「おいしい」と率直な感想を述べると、観月は口角を上げて「それはよかった。いただきもののクッキーもありますよ、どうです?」と、どこに隠し持っていたのかおしゃれな缶を出してきた。
ぎっしりと詰まったクッキーはどれも高級そうで、おいしそうだ。
なかなか選べず手を出さない私を見て、観月は「いくつでもどうぞ、僕は減量中なので」と笑った。
私の扱い方を、観月はたぶん私自身よりずっとずっと、よく知っている。