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短編集【庭球】

第48章 魔法の杖と絶対値〔観月はじめ〕


正直、試験前に一生懸命勉強すれば、いくら数学が苦手とはいえ、たぶん赤点にはならないのだろうと、最近薄々思っている。
それなりにこなしている他の教科はいつも平均点以上なのが、その証左だ。

それでも、数学に限ってテスト勉強を放棄して赤点を取り続けているのは、こうして観月と一緒にいたいから。


観月はいつも「なぜ理解できないのかが僕は理解できませんね」とかなんとか皮肉を言いながらも結局、最後まで私の勉強に付き合ってくれる。
その優しさにいつまでも甘えてばかりいるから、友達というこの立ち位置から抜け出せないのかもしれない、けれど。
一緒にいる時間をこうして多少無理やりにでもつくって甘えておかないと、あっという間に私の手の届かないところに離れていってしまいそうで。
観月は私なんかいなくても──いや、むしろ私なんていない方が、よっぽど充実した学校生活を送ることができるのだろうけれど、私はもう観月がいないとだめなのだ。




今回の試験範囲は絶対値。
絶対値の記号はなんとか外せるようになったものの、絶対値つきの不等式に入ったところでステレオタイプ的につまづいていたら、観月は定規も使っていないのにびっくりするくらいまっすぐな数直線を書いて説明してくれた。


先ほど釘を刺されたとおり数直線を書こうとして、芯が折れてしまっていたことを思い出した。
カチカチとシャープペンシルのお尻を押すと、芯がほんの少し顔を出したところで空押し感がして、この芯がもう残り少なくて使い物にならないことを伝えてくる。
本当は爪の先でひょいとつまみたいところだけれど、ここに来る前に短く切ってしまった爪ではそれができそうにない。

ぽちゃぽちゃとした不格好な手だからこそせめて清潔さだけはと、綺麗好きの観月に少しでもよく映ればと、短く整えた爪が恨めしい。
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