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短編集【庭球】

第48章 魔法の杖と絶対値〔観月はじめ〕


そう、観月はいつも正しい。

だって、ティーカップをもう一度口に運ぶ仕草なんて、まるで一枚の絵画のよう。
カップもソーサーもテーブルも椅子も、この部屋にあるものすべてが、観月がいることによって完全に調和して、普段の何倍も美しく昇華されているように見える。
ジグソーパズルでピースが一つ欠けているところに正しいものをはめ込んで完成させたときの、喜びに近い感覚。
観月の触れるあらゆるものが、そこが本当にあるべき場所のように思えてくるのだ。
たとえ、ここが何の変哲もない寮の談話室であっても。





試験で赤点を取ると追試が課されるのが、私たちの通う聖ルドルフのルールだ。
赤点の赤点、つまり追試でも赤点、というのが度重なると留年が待っているらしいけれど、何回赤点を取れば留年なのかという線引きは謎のままで、私たち生徒にはひたすら勉強するしか手段は残されていない。

数学が大の苦手な私が、試験のたびに赤点を取るのはもはや恒例行事。
そのたびに数学が得意な観月に泣きついて留年を免れるのも毎度のことで、最近では頼んでもいないのに、寮生はみんな定期試験後の談話室をわざわざ私たちのために空けてくれるようになった。


なんだかんだと面倒見のいい観月に惹かれたのは、もうずっと前だ。
いつだったか「なんでよりによって観月に聞くんだーね、変態だーね。観月の数学の授業なんて絶対受けたくないだーね」と断固拒否したクラスメイトの柳沢に「けど、私でもわかるように説明してくれるし、たまに嫌味言われるけど優しいよ」と言ったら、「きっとそれ、林にだけだーね…俺は観月から教わるのはテニスだけで充分だーね」と苦々しい顔をされて。
柳沢の言葉を鵜呑みにしてしまった単純極まりない私は、そのときから「単に数学を教えてくれる人」だった観月のことを妙に意識してしまうようになって、気づいた時にはもう、観月を目で追ってはうっとりとため息をつくようになっていた。

観月からすれば、私はいつまでたっても「数学のできないバカ」でしかないのだろうけれど。
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