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短編集【庭球】

第48章 魔法の杖と絶対値〔観月はじめ〕


*高校生設定




観月は、いつも正しい。
絶対的に、正しい。

そう、それはたとえば、とてもいい香りの紅茶を何の気なしに淹れるスマートさだったり、ティーカップの底にまで薔薇が描かれているような芸の細かい食器を選ぶセンスだったり、長い指でつまむようにカップを持つ所作の優雅さだったりする。
またあるいは、数学の試験でいつも満点を取ってしまう明晰な頭脳であり、私のような劣等生にもわかりやすく教えてくれるボランティア精神のような──


「そこ。間違ってますよ」


鋭い一言につんのめるように、ノートに滑らせていたシャープペンシルの芯がぼきりと折れた。

てっきり目を閉じて紅茶を堪能しているものとばかり思っていて、まさかお叱りが飛んでくるタイミングだなんてゆめゆめ想定していなかった。
しかも私の真向かいで、ノートを逆さまから見ているのに。
千里眼って言うんだっけ、こういうの。

どこ、と顔を上げて視線だけで問いかけると、はあ、と軽いため息が返ってくる。


「ここですよ、数直線を書かないと間違うとさっき言ったでしょう」
「うー、だって面倒くさい…」
「そんなだから赤点なんて取るんです。面倒でも逐一書くこと、いいですか?」
「……はーい」
「不満げですね」
「そんなことないもん」
「ちなみに、これを今すぐ切り上げてアナタが追試で赤点を取っても、僕は痛くも痒くもありませんからね。分析したいデータはたくさんありますし、嫌ならやめても…」
「それはダメ! お願い、ちゃんとやるから見捨てないでー!」


手を合わせて「ね、神さま仏さま観月さま!」と拝むと、観月は人差し指に髪を一筋絡めて「んふ、仕方ありませんねえ」とまんざらでもなさそうに薄く笑った。
ああよかった、と思ったのもつかの間、「ほら、話してる暇があるならペンを動かしなさい」と容赦のない指摘が飛んでくる。
観月の言葉はたまに意地悪に聞こえることがないわけではないけれど、強烈な嫌味も、悔しいかなすべて正論なのだ。
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