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短編集【庭球】

第47章 アクアブルーで抱きしめてII〔木手永四郎〕*


涙がこぼれそうになって、いけない、とかぶりを振った。
何を感傷的になっているんだろう、たった一か月のことで。
泣いている暇なんてない、東京に戻ったら新しいバイトを探さなくちゃ──


「渚さんっ!」


デッキに響き渡った大声。
振り返ると、制服姿の木手くんが走ってくるところだった。


「木手、くん…」
「これっぽっちでいなくなるなんて、ちょっと水くさいんじゃないですか」


息を弾ませながら私の前で立ち止まって、スマホを見せた木手くんは「間に合った…」と大きく息をついた。
ごめんね、と心の中で謝りながら「あの、学校は?」と尋ねると、彼は「昼休み以降はすべてサボりですね、誰かさんのせいで」と咎めるように言った。
学校を飛び出したとき、ちょうど通りかかった那覇行きの路線バスに乗ってきたのだという。
空港まではモノレールに乗るより走った方が早いからと、ダッシュしてきたらしい。

なんでそこまでして来てくれたの、という疑問が喉から出かかっているのに、どうしても出てきてくれなくて。
「そっか、ありがとう」なんてどうでもいいような言葉だけを紡いだ唇は、ぴったりと閉じてしまった。
不自然にも思える沈黙が流れて、彼の方がしびれを切らしたように口を開いた。


「聞かないんですか」
「え?」
「なぜ来たのかと、聞かないんですか」


顔を上げると、優しい目をした木手くんがこちらを見ていた。
首元に汗が落ちて、自慢のリーゼントも少し崩れていて、ああ、こんなに必死に走ってきてくれたんだ、と胸がきゅうと痛くなる。


「なんで、来てくれた、の…?」
「あなたが好きだからに決まっているでしょう」


肩に乗せられた両手に力がこもる。
私も好き、小さくそう言うと、木手くんは眼鏡を直しながら「淋しがり屋なら淋しがり屋なりに甘えてくださいよ」と苦笑いした。
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