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短編集【庭球】

第47章 アクアブルーで抱きしめてII〔木手永四郎〕*


「…泣きたければ泣けばいい」


すぐにでも涙がこぼれそうになっていることを知ってか知らずか、木手くんは小さくそう言った。
今度は俺の番ですから、という柔らかな声とともに、大きな温もりに包まれる。
彼の胸は広くてたくましくて、あたたかかった。
その安心感に溺れるように、私は思い切り泣きじゃくった。

ごめんね、とぐしゃぐしゃになっているだろう顔をほんの少し上げて謝ると、まるでそうなることが定められていたように、自然と唇が重なって。
それが深いものに変わったのは、ほどなくしてからだった。

木手くんの両手が私の頬に添えられて、髪が耳元でくしゃりと鳴った。
泣いているせいですぐに呼吸が苦しくなって、彼のシャツを掴む。
ほんの少しだけ離れた薄い唇が「嫌?」という形に動いた。
ゆっくり首を横に振ると、今度は嗚咽まですべて奪い尽くされてしまいそうなキスに見舞われる。
がむしゃらな口づけの隙間、ふと薄眼を開けると、木手くんの後ろにさっきまで自分が働いていた店が見えて、ここが砂浜だということを思い出す。


「き、てくん…ここ、外っ…」
「…ああ…」


放っておけばそのままその場で最後まで突っ走ってしまいそうだったのを、なんとか押しとどめる。
木手くんはゆっくり立ち上がると、私の手を取って海岸沿いを足早に歩き始めた。

たどり着いたのは、砂浜から少し離れた岩場。
少し足元を濡らして海に張り出すような大きな岩の陰に入ると、海以外は何も見えなかった。
こんな秘密基地のような場所を知っているなんてさすが地元民、と感心していたら、木手くんが低い声で言った。


「ここなら誰も来ない」
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