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短編集【庭球】

第47章 アクアブルーで抱きしめてII〔木手永四郎〕*


たぶん、会場では泣けなかったのだ。
なんとなくそう思った。
きっと、悔しすぎて。
いろんな人の期待も、部員みんなの信頼も、一身に背負っていたから。

さら、という音に視線を動かすと、砂浜に突いていた彼の手が拳を握っているのが見えた。
きつくきつく、関節が白く浮き出るくらいに。


「泣きたいときは泣いた方がいいと思うよ」
「…え?」
「あんまり我慢しすぎないで。一人の方がよければ、私が帰るから」
「……すみません」


木手くんは低くそう言って、眼鏡を取った。
すすり泣く声は波音にかき消されてしまうほど小さかったけれど、膝に顔を埋めた彼の肩が時折震えて、抱え切れなかった感情の大きさを物語っていた。
そっと背中をさすると、驚いたのか一瞬顔を上げて私の方を見て、またすぐに俯いた。

月明かりに照らされた彼の涙は、この世のものとは思えないくらいに綺麗だった。
涙には美しいも醜いもないのかもしれないけれど、こんなにも涙が澄んでいるのはきっと、彼がそれだけ頑張ってきたということなのだろうと思った。



「…みっともないところを見せてしまいました」


しばらく経って、シャツの袖で涙を拭いた木手くんがそう言った。
「ううん、少しでも楽になったらよかった」と笑ってみせると、木手くんは眼鏡をかけ直しながら少し鼻をすすって「渚さんはなぜ沖縄へ?」と、私へ視線を投げた。


「んー、彼氏と別れちゃってさ…って、木手くんと比べるとホント、笑っちゃうくらいちっぽけな話なんだけど…」


バイト先の飲み会で結婚を発表されるまで二股をかけられていたなんて夢にも思わなかったこと、よりによっておめでた婚だったこと。

ここへ来た理由なんて、誰にも言うつもりはなかったのに。
それでも私にそうさせたのは、彼の心の柔らかいところに触れてしまった後ろめたさか、それとも木手くんになら話してもいいという前向きな心境なのか、どちらだろうか。

話しているうちに鼻の奥がツンとして、ずっと泣いていなかったことに気がついた。
私も泣けなかったのだと、他人事のように思った。
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