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短編集【庭球】

第7章 就活ブルー〔跡部景吾〕*


*大学生設定
*裏注意







「久しぶり、景吾」

ドアの開く音がして、恋人の顔がこちらをのぞいた。
俺の部屋まで案内してきた使用人に、丁寧に礼を言っているのが聞こえる。
後ろ手にドアを閉めて俺のもとへ歩いてくる渚は、ダークグレーのスーツに身を包んでいた。

「なんだよ、その格好は」
「…今日面接だったんだよ」

思わず不機嫌な声色になったのを、しまったと思ったが遅かった。
渚は視線を泳がせて、早く会いたくて着替える暇が惜しかった、と言って。
ごめん、と小さく呟いた。

ああ、こんな顔させたいわけじゃねえのに。
自分にイライラして思わず舌打ちしそうになったのを、なんとかこらえた。


一つ年上の渚が就職活動をすると言い出したのは、去年の夏頃だった。
「仕事なんてしなくても、俺のところに来ればいい」と何度言っても、どうしても就活をすると言って聞かなくて。
俺に頼らなくても、自分の足で生きていけるようになりたいんだと。

成績も優秀だし、はっきり自分の意見を持っている渚は、贔屓目でなくとも採用担当なら絶対に欲しくなる人材で。
実際、この不景気の中、もういくつも内定を貰っているらしい。
一度決めたらきちんとやり抜く、その姿勢は評価するし、惚れた女のすることは腹を据えて応援してやるのが男だと思ってきたが、どうも今回ばかりは納得いかねえ。

そんなに俺は頼り甲斐がないように見えるってのか。
いつお前がうちに来てもいいように、準備してやってるってのに。

それ以来、スーツ姿はどうも気に食わない。
埋めることのできない年の差が、とてつもなくもどかしい。
こればかりは、俺にだってどうしようもねえ。


最近の渚は、やれOB訪問だ、やれ面接だとスーツを着て飛び回っていて。
俺は俺でテニスが忙しくて、なかなか会う時間を作ることができなかった。

お互い久々に顔を見られたと思ったら、こんな雰囲気になっちまうとは。
自分のガキくささが、ほとほと嫌になる。

「いや、俺こそ悪かった」

俺はソファから立ち上がって、来いよ、と手招きした。

一瞬躊躇って、渚が抱きついてくる。
一つにまとめた髪からふわりとシャンプーの香りがして、さっきまでこだわっていた小さなことが吹き飛んでいくような気がした。
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