第1章 fall in love〔跡部景吾〕
「おい、今日は練習休みだぜ」
どのくらい時間が経ったのか、まさか跡部くんから話しかけられるなんて思っていなかった私は、さっき以上に驚いて振り返った。
分厚い本を片手にこちらをまっすぐ見ている跡部くんと視線が絡んで、これは自分に向けられた言葉なのだと再認識させられる。
でも、なぜそんなことを私に言うのだろう。
「最近いつも見てたろ。俺のこと、ここから」
窓を指差しながらそう言って、跡部くんはゆっくりこちらへ歩いてくる。
「え、なんで…」
なんで、知ってるの。
驚きと同時、いやきっと驚きよりも先に、恥ずかしさが私を貫く。
別に隠れていたわけではないけれど、図書室からのテニス観戦は誰にも知られていないと思い込んでいたのに、当の本人にばれていたなんて。
そしていつの間にか跡部くんのことばかりを目で追っていたことに、今更ながら気づかされる。
言葉が継げないでいる私を見て、跡部くんは喉をクツクツと鳴らして笑った。
「そりゃ気づくぜ。俺の目をなめてもらっちゃ困るなァ、あーん?」
私は恥ずかしくて死んでしまいそうなのに、跡部くんは余裕そのもので、これは何の罰ゲームなのかと考える。
思考がショートしている頭では、答えなんて出ないけれど。
私の前で立ち止まった跡部くんは、そばの机に浅く腰掛けた。
テニスコートへ視線を移すと「ほお、本当によく見えるんだな」と少し驚いたようで。
小さく頷いて、私も同じようにテニスコートを眺めた。
跡部くんを見ていたら、心臓がうるさすぎて、彼の言葉を聞き逃してしまうんじゃないかと思ったから。
「どうだよ、俺のテニスは。渚」
また、不意打ち。
一度も話したことがないのに、名前を呼ばれるなんて思ってもみなくて。
「…なんでも知ってるんだね」
私ばかりがドキドキさせられているのが悔しくて、少しの嫌味も込めて言ってみる。
でも跡部くんはにやりと笑って「たりめーだろ、俺はなんでも知ってんだよ」なんてさらっと言うから。
私は返り討ちに遭ったような気分で、この人には敵わないなと思わされる。