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短編集【庭球】

第1章 fall in love〔跡部景吾〕


その日から、勉強や読書の合間に、図書室からテニス観戦をするのが日課になった。
声援がうるさいのと、古い蔵書が多い図書室でずっと窓を開けているのは気が引けたから、窓ガラス越しに。


十日くらいそんなことを続けていたら、少しずつわかってきたこともある。
同じクラスの向日くんが、結構派手に活躍していること。体育の授業で軽々とバック宙をしていて感心したことがあったけれど、そのままラケットを持ってテニスができるんだから、もっとすごい。
ギャラリーの大半は女の子だということ。向日くんを含め、主要メンバーにはそれぞれファンクラブみたいなものがあるらしいこと。
そして跡部くんは、たくさんいる部員の中でも一番強そうで、部員の信頼も厚そうだということ。当然というかやっぱりというか、彼への声援が一番大きいということも。

跡部くんが学校行事で挨拶をしている姿はいつもそつなく、でもどこかつまらなさそうだと思っていたけれど、テニスをしている姿は余裕がありながらもとても楽しそうで。
そして、とても魅力的だった。

* *

図書室からの観戦を始めてから、初めての雨。
宿題を片付けてしまってから、いつものように窓際へ移動する。
日没まではまだ時間があるのに、少し薄暗い。

「これじゃテニスできないよね…」
無意識にそう呟いて、あちこちに水たまりのできたテニスコートを見つめた、その瞬間。

普段は開かないはずの図書室の扉がガラッと音を立てて開いたから、驚いて振り返る。
そこに立っていたのが制服姿の跡部くんで、ばっちり目も合ってしまったから、驚きが二重にも三重にもなって。

跡部くんは「驚かせたな、悪りぃ」と言って苦笑した。
無言で首を振ったけれど、驚きすぎて間抜けな顔をしていたことに気がついて、恥ずかしくなる。
顔に血が集まってくるような感覚になって、あわてて窓に向き直った。

外が暗いぶん、窓ガラスは室内をほんの少し反射する。
外を見るふりをしながら、かろうじてガラスに映った跡部くんを目で追うと、洋書コーナーへ入っていくのが見えた。

洋書なんて誰が読むんだろうと思っていたけれど、跡部くんみたいな人が読むのか、なんて妙に納得する。
紅茶片手に洋書を読みふける姿を想像して、それはそれでとてもしっくりくるけれど、私はテニスをしている跡部くんのほうが楽しそうで好きだな、なんてぼんやり思った。
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