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短編集【庭球】

第47章 アクアブルーで抱きしめてII〔木手永四郎〕*


見覚えのある、後ろ姿。
特徴的な髪型と眼鏡、引き締まった身体。

──木手くん、だ。

胸がざわめいた。
片膝を抱えて、海を見ているようだった。
月明かりに照らされた彼は、まるでその周りだけ時が止まったように見えた。


何を考えているのだろう。
声をかけていいものだろうか。
一人になりたくてここに来たのなら、放っておいた方がいいのかもしれない。
いや、でも、けれど──

どのくらいそうしていただろうか。
扉の前から一歩も動けずに逡巡していると、木手くんがゆっくりこちらを振り返った。


「…渚さん」
「木手、くん」


ざあ、という波音に乗った彼の声は、数日前にここで聞いたものと比べるとやはり力ないもののように聞こえたけれど。
そのまま外されない視線。
近くに行ってもいいということだろうと果敢にも解釈して、砂浜へ踏み出す。

つかず離れずの距離で、隣に座った。
砂浜は、昼間の日差しの名残でまだあたかかった。


「……おかえり」


しばしの沈黙の後、私はその言葉を選んだ。
店に彼らが来たとき最初にかける「お疲れさま」では少し違うと思ったし、まして「残念だったね」でも「準優勝おめでとう」でもないと思ったから。

木手くんは一呼吸置いて小さく「ただいま、でいいんでしょうかね」と言った。
「うん、おかえり」と深く頷いた私に、木手くんは困ったように少し笑った。



「やはり…やはり高かったです、立海の壁は」
「……うん」
「インターハイの決勝まで、全国で何試合あったと思いますか」
「えっ、わかんない…」
「出場校すべてから、一を引いた数です。優勝校以外の学校が全部負ける数なんですよ」


そう言った木手くんは、普段の自信あふれる姿とは別人のようで。
いつもかっちりと決まっているはずのリーゼントが、心なしかくたびれているように見えた。
「最後の最後まで負けなかったってことだよね」とか「全国で一番長い夏を過ごせたんだね」とか、浮かぶ言葉はないではなかったけれど、どれも彼の前では意味のない、薄っぺらな慰めにすぎない気がして、何も言えなかった。


「その他大勢には絶対になるまいと思っていましたが…まだ、足りなかった。まだ…」
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