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短編集【庭球】

第46章 アクアブルーで抱きしめてI〔木手永四郎〕


彼らの訪問は、ちょうどオーナーが午後のツアーから戻ってくる時間に重なることが多かった。
私が冷たい飲み物を出すとオーナーが「休んでいけばいいさー」と言って、ちょっとしたお茶会のようになるのがお決まり。
オーナーは「自慢の息子たち」といった風情で、彼らの武勇伝をしょっちゅう私に話して聞かせたから、一週間もすると私はずいぶん彼らのことを知るようになっていた。

知念くんは口数は少ないけれど、歌がとても上手いということ。
初対面の日には濡れてぺしゃんこだった木手くんの髪型が、次の日からいつもばっちりリーゼントに固められていることには、少なからず驚いた。


人懐こい彼らは、私のことをそれなりの興味を持って聞いてくれた。
出身はどこなのか、趣味は、大学は。
大学名を出すと、木手くんは志望校なのだと言って、それから私たちは隣同士で座ることが増えた。

どのあたりに住んでいるのかとか、どんなゼミに入って何を研究しているのかとか、彼はそんなことをよく尋ねてきた。
大人びた彼は話すのは心地よかったし、こちらの質問に誠実に受け応えしてくれるのには好感が持てた。
「そろそろおいとましましょうね。ほらみなさん、まだ練習残ってますよ」と木手くんが頃合いを見て切り出すと、みんな小さく文句を垂れて立ち上がるのだけれど、木手くんはそれを「ゴーヤ食わすよ」の一言で片づける。
笑いをこらえてそのやりとりを見守ったあと「頑張って、また明日ね」と見送りながら、早く明日のこの時間が来ないかな、と思っている自分に、そして木手くんの後ろ姿ばかりを目で追っていたことに気がついて、虚を突かれた。

旅先で出会った高校生になびくなんて、私は一体何をしているんだろう。


オーナーに週一回は休んでいいと言われていたけれど、私は休まずに働いた。
休んだところで一人ではどこにも行く気になれなかったし、彼らと──認めるのは多少憚られたけれど、主に木手くんと──会うのが楽しみだったから。
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