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短編集【庭球】

第46章 アクアブルーで抱きしめてI〔木手永四郎〕


つい数日前まで、こんなところで夏休みを過ごすことになるなんて思ってもいなかった。


大学の試験期間から解放されたのが、四日前。

バイト先の居酒屋──今となってはもう元・バイト先、になるのだけれど──の暑気払いと称した飲み会があったのが、三日前。
その飲み会の途中、店で唯一の社員さんが結婚することが発表されて、愕然とした。
私が一年近く付き合っていた男だったから。
店に近い私の部屋に泊まりに来ることも、バイト中に人目を盗んでキスをしたことも、一度や二度ではなかったのに。

上京して大学に入ったばかりの田舎娘を口説くなんて、それなりの恋愛経験を持った大人にとってはひどく簡単なことだったのだろう。
現に私はあっさりとほだされて、しっかりと彼のことを好きになって、そして彼のたった一人の女になった気でいた。

それも、よりによっておめでた婚とは。
虚しいとか悲しいという感情を通り越して、笑ってしまった。


バイトを辞めたのが、二日前。
夏休みの間中、これでもかと入れていたシフトに穴を開けて彼を困らせることが、私にできる唯一の復讐だった。
彼から何度も電話があったけれど、すべて無視して電源を切った。
ゴミの日ではないのをわかっていながら、部屋にあった彼の持ち物を、もちろん許可なくすべて捨てた。
掃除を済ませたあとは、新しいバイトを探して夜な夜なパソコンにかじりついた。

本当は引っ越しをするとか、海外に放浪の旅に出たいなんて思っていた。
彼のことを考えなくていいようなところへ行きたかった。
よく彼が泊まっていった部屋には、彼の痕跡を片っ端から捨てても、思い出がありすぎた。
でも、どれも日々の生活でいっぱいいっぱいの貧乏学生が簡単に下せる決断ではなかった。
まずはお金を貯めなければと割のいいバイトを探したけれど、水商売はする気になれなかった。
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