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短編集【庭球】

第46章 アクアブルーで抱きしめてI〔木手永四郎〕


オーナーが一人で切り盛りするこのショップでは、ダイビングスポットまでお客さんを船で案内する間無人になってしまうから、夏の繁忙期には毎年アルバイトを雇うらしい。
去年までは地元の男の子たちに手伝ってもらっていたけれど、今年は彼らをあてにできなくなってしまったから、仕方なくネットで募集をかけたのだという。
「でーじ助かるさあ」とにこにこ笑うオーナーには、「一人部屋で三食つき」の条件に惹かれただけで正直バイト先はどこでもよかったという本音は、口が裂けても言えなかった。


お店のシステムやお客さんに貸し出す道具、電話応対についてざっくりとした説明を受けたあと、オーナーが近所に持っているマンションに向かうことになった。
そこの一室が、今日から私の部屋になる。
キャリーケースもあるし、とオーナーは軽トラを出してくれたけれど、その必要がないくらいの近さ。
廃屋かと見紛うような建物の年季の入り方とは裏腹に、部屋の中はリフォームしたばかりのように綺麗に片づいていた。

何度も「狭いけど我慢してね」と繰り返して、明日は朝八時に店へ来て、と言い置いていった大きな背中にお礼を言って、荷ほどきを始める。
とはいえ、洋服をハンガーラックにかけて、タオルと化粧品類を洗面所へ持っていったら、あっという間にあらかた片づいてしまった。
ベッドも冷蔵庫も洗濯機も、基本的な家具家電はすべてそろっているし、快適に過ごせそうだ。


ふう、と一息ついて、ベッドに寝転がった。
さすがにくたびれたけれど、このくらいせわしない方が、かえっていいかもしれない。

見慣れない天井が少し遠い気がするのは、ベッドが低いからだろうか。
東京で一人暮らしをしている部屋よりも、ずっと広く感じる。
キャリーケースに入るだけしかモノを持ってきていないせいもあるだろうし、何より一人きりだから。

私だけじゃ広すぎる。

吐き出したため息は、少し湿度を帯びていた。
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