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短編集【庭球】

第46章 アクアブルーで抱きしめてI〔木手永四郎〕


*木手=高校三年、ヒロイン=大学二年設定




「わあ、海だ…」


お世辞にも綺麗とは言いがたい軽トラックの窓から、見たこともないくらいに綺麗な海が見えた。
思わずそう口に出すと、間髪入れずに「そりゃそうさー、沖縄だもんよー」と豪快に笑い飛ばされる。
「そうですよね」と苦笑いしながら、埃っぽい助手席のシートに座り直した。

こんがりと日焼けした腕でハンドルを握るのは、さっき空港で会ったばかりのおじさん。
田仁志、という変わった名前のおじさんがオーナーを務めるダイビングショップで、私は今日から一カ月働くことになっている──いわゆる、夏休みのリゾートバイト、だ。


一時間ほどかけて国道を北へ走った軽トラは、道路脇に目立つ店がなくなったあたりで左折して、海岸へ向かう細道に入った。
さとうきび畑を抜けた先、海岸沿いのお店の前で車が止まる。
「ありがとうございました」とお礼を言って降りると、予想していた以上にお尻が痛くて、思わず顔が歪む。
思えば飛行機からずっと狭くて硬い椅子にじっと座っていたのだから、無理もない。

いてて、と伸びをしながらショップの全景を眺める。
こじんまりしたログハウス風の建物は、オーナーの無骨な雰囲気とおんぼろの軽トラからは想像もつかなかったおしゃれさで、そのミスマッチ加減に笑いそうになった。
入り口前のデッキにはカフェスペースまであって、なんだか海外に来たみたいで。
こんなにかわいいお店で働けるなんて嬉しい誤算だ。
そんなことを思っていたら、奥から「渚ちゃん、早くおいでー」とオーナーの声がして、あわてて足を踏み入れた。


あらためて挨拶をして、あらかじめ書いてきた契約書を手渡すと、オーナーは「最近老眼がきついんさー」と大きな身体を丸めるようにチェックしてくれて。
「明日からよろしくね」と、聞き慣れないイントネーションで笑った。
強面だと思っていた顔は、笑うと目尻にくしゃりと皺が入って、とても人懐こくて優しい人なのだろうと思った。
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