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短編集【庭球】

第43章 えそらごと〔柳蓮二〕


「…夢を見ていたのなら、水を差してしまって申し訳ないが」
「うん?」
「石油王、とまではいかないが…そうだな、大学教授あたりで手を打つ気はないか?」
「…大学教授?」


柳が来るまで読んでいた、教授の恋を綴った恋愛小説のことを思い出す。
柳も読んだことがあったのだろうかと考えていたら、柳の声がまた降ってきた。


「日本は一夫一妻制だから、淋しい思いもさせない」
「やっぱりそれが一番かも、ね」
「日本文学の教授ならば、研究に必要な本を林も一緒に読んで楽しめるのではないか?」
「確かに…素敵、そんな夫婦」
「そうか。ならば結婚相手は石油王ではなく、俺で構わないということだな」
「へ…………え、えええ?! わ、またはみ出た!」


言葉の真意を、字面からも文脈からも何度考えても、結論は同じで。
おそるおそる見上げると、柳は普段通り、何事もなかったかのような平然とした表情。
私一人がみっともないくらいに取り乱している。
他に人がいなくて、本当によかった。

最後の一枚の図書カードにまっすぐ向かっていたはずの右手のスタンプが、大きすぎる驚きのおかげでまたあらぬところへと着地したけれど、見て見ぬふりを決め込むことにした。
スタンプを片付けながら、柳なりのジョークだったんじゃないだろうかと考えていたら「冗談だよね、とお前は言う。が、残念ながら冗談ではない」なんて先回りされて、言葉を失う。


「普段から計画的で慎重な林が、本心から石油王と結婚などと言ったわけではないことは明らかだったからな。さしづめあの場で真実を言うことは気が引けたというところだろう」
「…え、っと…」
「俺の名前を挙げた者が多かったようだから、本心では俺に想いを寄せている確率が高いと考えた」


柳の言葉はどれも見事なまでに正しくて、否定のしようがなかった。
ずっと秘めていたことを次々にさらけ出されて、しかもその相手が一番知られてはいけないはずの張本人だなんて。
身体が火照ったように熱くて、少しでも気を緩めたら泣いてしまいそうだ。
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