第43章 えそらごと〔柳蓮二〕
言われてみれば、友達とそんなことを話したっけ。
記憶が曖昧なのは、その場しのぎで何の気なしに口にした言葉だったから。
女子が何人か集まって話すことなんて、なんだかんだ恋バナ一択。
特にテニス部の面々の中から、いわゆる「推し」を披露し合って「幸村派」「真田派」なんて派閥分けをするというのは、立海に通う女子なら誰もが一度は経験する通過儀礼であり、なおかつ一番盛り上がる鉄板ネタだ。
私の場合は当然柳派、ということになるのだけれど、普段からできる限り言わずに済むように立ち回ろうと心がけている。
ちなみに、人気のあるトップスリーは幸村と仁王と丸井で、誰が呼んだか「裏三強」。
女子の間では、そんな俗っぽい通称が囁かれていたりする。
一昨日も昼休みにクラスの子たちと話していて、案の定「誰がタイプか」という話題になった。
当然「裏三強」を挙げる子が多いだろうと思っていたら、なんとその場にいた過半数が柳の名前を挙げたのだ。
彼女たちはきゃっきゃとはしゃぎながらも牽制し合っているのが見て取れて、しかもその中にはクラスで一番モテると評判の子も含まれていて、隅の方で聞いていた私は、柳が急に遠い存在になってしまったような気がした。
しばらくして自分のターンになったとき、私は柳以外の名前を挙げて自分の気持ちに嘘をつくことも、柳の名前を挙げることもできなくて。
切羽詰まって口をついて出たのが「私はアラブの石油王と結婚したいな」という台詞。
正直なんでそんなことを言ったのかさえ思い出せないくらい、心にもないことだった。
私の突飛な回答はともすればその場を白けさせてしまうものだったと思うけれど、なんとか面白いと受け取ってもらえたようで、ひとしきり笑われたあと、順番は隣の子に移った。
なんとかやり過ごせたという安堵感と、柳は私なんかの手の届かないところにいるのだという無力感の方が強烈だったから、石油王を引き合いに出したことなんて、きっとあと一日もすれば綺麗さっぱり忘れてしまっていただろう。