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短編集【庭球】

第43章 えそらごと〔柳蓮二〕


「いつも思うけど、こんなに借りたらカバン重いでしょう」
「慣れてしまえばそんなものだ。トレーニングにもなるしな」
「あ、一石二鳥なんだ」


そんなことを話しながら、貸し出した本のカードが保管されている箱から返却する本のカードを探し出して、返却済みスタンプを押す作業に追われる。

相変わらず選り好みせずに、いろんなジャンルの本を読んでいるらしい。
私が勧めた新聞記者もののノンフィクションに芥川賞作家の小難しい純文学、幕末を舞台にした歴史小説。
それに中東関連の本が何冊か。

へえ、ちょっと意外…柳ってイスラム圏にも興味あったんだ。
アラブの男の人が被っているスカーフを柳が身につけているのを想像してしまって、つい口元が緩む。
あのスカーフ、確かグドラっていう名前だったと思う。
すごく似合いそうだ。
いや、柳ならどんな服でもさらりと着こなしてしまうだろうけれど。


柳は柳で、今日借りていく本のカードに、名前と日付を書き込んでいた。
流れるような綺麗な字に見とれていたら、スタンプが枠から大幅にはみ出してしまって、少し焦る。


「…ときに、林」


作業する手は止めずに、柳がふと私の名前を呼んだ。
盗み見ていたことが、はたまた脳内で柳にコスプレをさせていたことがバレてしまったのだろうかと、心臓が跳ねる。


「は、はい」
「石油王はおすすめしないな」
「…え?」


石油王という言葉と、頭の中で勝手に柳に被せていたグドラが、一瞬のうちにリンクする。
この人は本当に私の頭の中を覗いたんじゃないだろうか。
弾かれたように顔を上げてまじまじと見つめると、柳もそれに気がついたのか、視線をこちらへ投げてきた。


「どうした?」
「いや…その、なんで石油王って…」
「一昨日、言っていたはずだ。アラブの石油王と結婚したいと」
「え、あ…」
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