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短編集【庭球】

第43章 えそらごと〔柳蓮二〕


教室の椅子よりもいくぶん座り心地のいいそれに身を沈めて、読みかけの恋愛小説を開いた。
図書室のカウンターの中、古ぼけたこの回転椅子は、私の大のお気に入りだ。
小説で描かれているのは、大学教授の静かな恋。
自販機で買ってきたカフェラテを口にしながら、粛々と読み進める。

とすん、という控えめな音に顔を上げると、本の山が二つ、カウンターに出現していた。
立海広しといえど、一度でこんなに本を借りていく人物は一人しかいない。


「…柳」
「ああ」


わざわざ名前を呼ぶ私に柳が短く応じるというこの一連の流れを、私たちは幾度となく繰り返してきた。
名前を呼ばなくとも、顔を確認せずとも私はその主が柳であることを知っているし、柳からしてもまるで意味のないやりとりなのだけれど、律儀な彼は必ず返事をくれる。


「こっちの山が返却でいい?」
「ああ、頼む」


昼休み、当番でカウンターに座っていると決まって一番乗りで現れて、図書館の本を片っ端から読んでいるんじゃないかというスピード感で何冊も本を借りていく柳のことを認識するのに時間はかからなかった。
同級生だということを知って、互いに好きな本を勧め合ううち、自然と仲良くなった。

博学な柳は私の知らないことをたくさん教えてくれるのに、知識をひけらかす嫌味さを不思議と感じさせなくて。
次の当番の日が楽しみだと、早く柳の顔が見たいと思うようになるまでは、我ながらあっという間だった。


正直に申告すると、私が一年の春からずっと図書委員の座を守り続けてきたのは、柳に会うためだったと言ってもいい。
「本が好き」というもっともらしい理由もあるにはあるから、趣味と実益を兼ねているとでも言えば聞こえがいいかもしれないけれど。
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