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短編集【庭球】

第42章 いつか王子さまが〔鳳長太郎〕


そんな一か月も前のことをやけにリアルに思い出したのは、予期せぬ展開で長太郎と二人きりになったからだ。


二週間に一度定期的に届けられてくるはずの新しいボールが、なぜか今回は届かなかったのが始まり。

出入りしている業者の担当者が変わったらしく、引き継ぎ時の不手際だろうというのは跡部の弁。
明日は朝から立海との練習試合があるから新しいボールがどうしても必要で、急遽取りに行くことになったのだ。
段ボール三箱分だからさすがに私一人では無理だと訴えると、跡部は「アーン? なら鳳を貸してやる」と面倒くさそうに言った。





世間話をしながら、学校から三十分ほど歩いたところにある大手のスポーツ用品店へ向かう。
店長さんはこちらが申し訳なくなるくらい平謝りしてくれて、もういいからと断ったのに、使っている部員の多いガットを「サービスです」と押しつけるように持たせてくれた。


「私の仕事だから」と言ってはみたものの、やっぱり長太郎はそれがまるで決まりきったことであるかのように、段ボール二箱とガットの袋を私の手から軽々と攫っていって。
私に合わせて少しゆっくり、そしてさりげなく車道側を歩きながら。
長太郎はまた、あの日と同じように「先輩はお姫さまですから」と言って、笑った。


嬉しいような、恥ずかしいような、泣きたいような。
くすぐったくて、苦しくて、悲しくて。
こうやって優しくされると、勘違いしたくなってしまうのに。


「……どうして私なんかをお姫さまだなんて言ってくれるの? がさつだし色気もないし、ファンの子たちみたいに気の利いたことも言えないのに」


そう尋ねた声が少し震えていて、言いながら情けなくなった。

すごくありがたいけどやめた方がいいよと、お世辞は私なんかじゃなくてもっと上手に返せる子に使うべきだよと、そう言うつもりだったけれど。
この調子じゃ、最後まで言い切る前に涙が出てきてしまうかもしれない。
涙を武器にする女には絶対になりたくないと思ってきたのに。
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