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短編集【庭球】

第41章 All of me〔仁王雅治〕*


「どうぞ」と促されるまま踏み入れた玄関で、踵を履き潰したローファーを脱いだ。
普段家では靴を揃えることなんてないけれど、この部屋に来るときは形だけでも揃えておこうという気になるのは、きっと俺なりの見栄なのだと思う。

ちらりと隣に視線を移すと、ちょうど渚がパンプスを脱ぐところで。
ほっそりとしたふくらはぎ、シンプルなのにどこかドレッシーなハイヒール。
ストッキングに包まれた足先の、おそらく赤だろうペディキュアに、まじまじと見入ってしまった。
思わず喉が鳴る。


「…えっろ」
「へ? なんか言った?」
「うんにゃ、なんも」


勧められたスリッパを引っかけて、リビングまでの数メートルを意識的にゆっくり歩く。
余裕はどこにもないけれど、それがばれるのは嫌で。
でもリビングの床にラケットバッグを放ったらやっぱり我慢できなくて、渚をソファに押し倒した。


「ちょ、せめてベッド…」
「どれだけ我慢したと思っちょるん? 却下」


さっきからめくり上げたくて仕方がなかったタイトスカートを、一気にずり上げる。
隠そうとする手をまとめて拘束して、ソファに押しつけた。

てっきり装飾のないつるりとしたものだろうと思っていたTバックは、黒のレースがぞくりとするほど華やかなデザインで。
仕事のときには上のシャツにレースが透けないようにとシンプルな下着ばかりで、休日だってあまり派手なものは着けないのに。
彼女のクローゼットにこんな下着が──いや、洋服もそうだったけれど──入っていたことに、驚きを隠せない。



渚には、まだ俺の知らない顔があるらしい。
付き合ってもうすぐ一年を迎えようとしているのに。

もしかしたら俺が知っているのは、彼女のごく一部だけなのかもしれないとも思う。
俺のことなんて単なる戯れ程度にしか思っていないのかもしれない、と。
そんな女々しいことは、口が裂けても言えないけれど。
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