第41章 All of me〔仁王雅治〕*
耳元で囁いて、そのまま耳に舌を差し込んでやる。
逃げるようにひくりと動いた渚の腰を力任せに抱き寄せて、そろそろ限界だと訴えてくる自分の下半身に密着させた。
そのとき、首を振った渚が「だめ、だから…」と言った消え入りそうな声の奥から、マンションのエントランスで郵便受けをガタガタ開ける音が微かに聞こえて。
互いに息を詰めると、カツカツと革靴がこちらへ向かってくる気配。
部屋のある五階のボタンは渚が押すのが常なのに、なかなか動こうとしない。
見ると、緊張からなのか驚きからなのかフリーズしてしまっていて、俺は焦ってボタンに手を伸ばした。
ほぼ同時にカチャリとボタンを押す音が外から聞こえたから色々と覚悟したけれど、おそらくタッチの差で俺の方が早かったのだろう。
小さな密室はドアを開くことなく、上へと動き出した。
はあ、と魂まで出てきそうなため息を吐いて、渚が俺を睨む。
「見つかったらどうするの?! ここ住めなくなっちゃうじゃない、気に入ってるのに…」
「プリッ」
無事五階で止まったエレベーターを、「ひどい、他人事だと思って!」とぷんぷんした渚に叩き出された。
怒っている顔も見とれるほどかわいいだなんて、相当な末期症状だ。
渚はスカートの大きな染みを器用にバッグで隠しながら、部屋の鍵を開けた。
俺も俺で両手をポケットに突っ込んで、さっきからテントを張りっぱなしのスラックスの前を、申し訳程度にカモフラージュする。
他人から見ればどちらも不自然極まりない光景だろうと、頭の隅で考えながら。