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短編集【庭球】

第5章 銀色の涙〔仁王雅治〕


頬に風を感じて、目が覚めた。
窓が少し開いている。

夕陽が差し込んでいるから、私はまたずいぶん寝たらしかった。
寝るときは閉めてあったのに、と不安になってベッドに起き上がったら、誰もいないはずの場所から不意に「もうええんか」と声がしたから、心臓が縮みあがるほど驚いて。
ふわ!とおかしな声が出て、振り返ったら仁王がいて、もっと驚いた。


「ふわってなんじゃ、ふわって」
「やだ、びっくりした…ばか、死ぬ、か…とっ」


死ぬかと思った、そう言おうとしているのに、代わりに涙と嗚咽が出てきて。
それは声の主が仁王でほっとしたからなのか、それとも昨日の失恋が尾を引いているからなのか、私にはわからない。


「驚かせすぎたのう、すまん」


頭をざくざくと搔いて、ジャージ姿の仁王はベッドに浅く腰掛けた。


「ドアは閉まっとったんじゃが、心配でのう。窓から邪魔したぜよ」


目線を合わせてくる仁王を、直視できない。

私は泣いているのをいいことに両手で顔を覆ったのだけれど、仁王はあの日と同じように、優しく私の背中をさすって。
お前さんはいつも泣いとるの、笑っとったほうがかわええよ、なんて困った声で言うから、私はまた泣いてしまった。


初めての男は忘れられないと聞いた。
当たっていると思う。
私は仁王のことが忘れられない。
ほっとする匂いが、くすぐったい髪が、そして優しい腕が。
目を背けてきたけれど、私は仁王のすべてが、忘れられなかった。


涙が落ち着いてきたとき、仁王がぽつりと言った。


「もう泣かせんけえ、俺の近くで笑っとってくれんかのう」


うん、と頷いたら、直後にひっく、と嗚咽が出てきて。
その間抜けさに、二人で笑った。



私を悩ませていた数々の噂話は、仁王が私を振り向かせるために自分自身で操作していたもので、私は壮大な詐欺にかけられていたという事実を知るのは、もう少しだけ先のこと。


fin






◎あとがき
読んでいただき、ありがとうございました。

暗ぁーいヒロインちゃん、私は決して嫌いではないのですが、いかがでしたでしょうか。
それよりも仁王くんがあまり登場しないことのほうが問題ですね、わかります。

これを書いていたら裏に手を出したくなってしまったので、進出しようかと考え中です。
もし書き上がったら、またそちらもぜひ!
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