第40章 Key〔財前光〕
「バカにしてる?」とおそるおそる尋ねると、「アホやなとは思ってますけど、バカにはしてへんすよ」と言われて、かち合った視線が意地悪なのに柔らかくて、ますます混乱する。
「あーあ、ほしかったんやけどな、渚先輩のご褒美」
「もう……っ、目、瞑っててよね!」
こんなときにだけ名前を呼ぶあざとさは、どこで習ってくるのだろう。
律儀に目を閉じた財前を見て、もう逃げられないと悟った私は、女の子が嫉妬しそうなつるつるの頬に、唇を寄せた。
ゆっくり目を開けた財前に、これで文句ないでしょ、と視線だけで問いかける。
少し不服そうな顔をした財前が「こっちやないんすか」と自分の唇を指差したから、その大胆さに私はまたたじろいだ。
「ええ?! そっち?!」
「…ま、ええっすわ。そのかわり来年大学受かったらもっとええご褒美もらうんで、予約しときますわ」
「え?」
「これの合鍵」
先ほど戻ってきた鍵を、財前が私の手ごとすっぽりと包んだ。
「ええやろ?」なんて声を潜められて、もうどうしたらいいのかわからないけれど、嫌だとは思っていない自分がいて。
そして財前は、そんな私に気がついている。
「やから、待っててください。同じとこ行くんで」
「…うちの大学、結構難しいよ?」
「知ってますわ。けどこんなチャンス、俺が逃すと思います?」
あまり笑わない財前が、唇の端を上げて楽しそうに笑ったから。
私はもう本格的に逃げられないのだと、甘美な覚悟を決めた。
fin
◎あとがき
お読みいただき、ありがとうございました!
初財前、いかがでしたか。
ずっと書いてみたかった…というか、我ながら書いていそうで書いていなかったキャラの一人でした。
私は人生の中でこういう大人びた後輩って出会ったことがないのですが、実際いたらめちゃめちゃハマるんだろうなと、この属性は根本的に好きだなと、書いていて思いました。笑
少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。
話は変わって、もうこの短編集に四十本も書いたのかと、感慨に浸っています。
どれもこれも読んでくださる方・応援してくださる方がいるおかげです、本当にありがとうございます。
今後ともご愛読くださいませ!