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短編集【庭球】

第40章 Key〔財前光〕


懐かしい言葉に、つい面食らう。

テニス部では、金ちゃんが白石の目を盗んではしょっちゅうご褒美をねだってきた。
ずっと弟がほしかった私は、つい甘やかして飴やらラムネやらをあげていた。
そのためにわざわざ、制服でもジャージでも、ポケットに忍ばせていたのだ。

その場に居合わせたら「金ちゃん甘やかさんとってください、ますます手に負えんようになりますわ」とじっとりした視線で咎める財前にも「いつも頑張ってる財前にもご褒美」なんて言いながら手渡していたっけ。
雰囲気に似合わず甘いものに目がない財前は、いつも「しゃーないからもらったりますわ」とかわいいのかかわいくないのかわからないことを言いながら受け取って、なんだかんだと嬉しそうにその場で口に放り込んでいた。

大阪のおばちゃん然としたこの習慣をやめたのは、大学受験が佳境に入ったとき。
イライラが募るたび、自分へのご褒美と称してポケットのお菓子に手を伸ばしていたら、明らかに太ったからだ。

それ以来、ご褒美なんて言葉はご無沙汰だったのに。


「ごめん、必死すぎてお礼全然考えてなかった。何がいい? 部活も勉強も忙しいだろうし、コンビニスイーツとか? 新発売の黒蜜きなこプリン、おいしそうだったけど…」
「ご褒美のチュー、がええっすわ」
「なら駅裏のコンビニ……、え、えっ?!」
「やから、ご褒美のチュー」


私の提案を綺麗に無視して、とんでもないことをさもなんでもないことのように言い出した財前に、驚きすぎてうまく言葉が継げない。
心臓が身体から飛び出してくるんじゃないかというくらいに暴走して、瞬きも呼吸もしばらく忘れていたと思う。
訪れた沈黙を破ったのは財前だった。


「聞こえへんかったんすか」
「いや、聞こえた、けど…!」
「くれへんのすか? 俺鍵探しのために予備校サボったんやけど」
「え?! 予備校帰りって言って…」
「あんな早く終わるわけないやろ、仮にも受験生やのに。気遣わせるやろなと思って、嘘ついたんすわ」
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