第39章 蜜約〔千歳千里〕
「ひんやりしとって気持ちよかね」
「あ、やだ、走ったから汗かいて…」
「走って来てくれたと? 嬉しかー」
くすくすと喉の奥で笑う千歳の声が、耳元を撫でていく。
とにかく必死で、身なりなんてろくすっぽ考えていなかったことを、私は激しく後悔した。
こんなことになるなら汗をもっとちゃんと拭いて、化粧直しでもしてくるんだった。
「今日、目の調子ば悪かったと」
「そう…だったの」
「右目はもともとほとんど見えんけんいいっちゃけど、左が…飛蚊症ちいうんかね、ゴミがしこたま飛びよって、霞むったい」
「…うん」
「さっき昼寝しよるとき、渚の来てくれる夢ば見たと。呼ばれて起きたら本当におったけん、嬉しかった」
腰に回った腕に、力が込められた。
大丈夫だよ、と心の中で何度も呟きながら、その腕をそっと撫でる。
微かに揺れる声に、胸のあたりが締めつけられるように痛んだ。
「いつか俺の目が見えんようになっても、見つけてくれるとやろ? 俺が渚んこつ見つけられんでも、渚が俺んこつ見つけてくれるっちゃろ?」
「……うん、見つけるよ。絶対見つけるよ」
ああ、私たちはやっぱり似た者同士なのだ。
淋しがりで、お互いがいなきゃだめで。