第38章 人はそれを恋と呼ぶ〔桃城武〕
「あー、わかんなくなってきた…なあ、好きってなんだと思う?」
クッションを抱えていた桃は伸びをしながら、あ、真面目に答えろよ、と私に釘を刺した。
わかってるよ、と小さく毒づいて、私は思い浮かんだ言葉をそのまま口にする。
「その人が笑ってるのを見て自分も嬉しいなあって思ったり、悲しんでるときはどうにかしてあげたいなって思ったり」
「…へえ」
「まあ掛け値なしに誰よりも、っていうか自分のことより大切だよね、幸せになってほしい。できれば自分が幸せにしてあげられたらいいなって思うけど…それは相手が決めることだからね」
偽りなしの本心。
ふと静かになった桃をちらりと見遣ると、口をぱくぱくさせて、心なしか赤くなっていて。
「なに、どうしたの」と尋ねると、桃は私とは視線を絡めずに、小さく言った。
「やべー、すっげー今更、だけど」
「だから何」
「それが好きって感情なら、俺、渚のことすげー好きだ」
言い終えたあと、手で口を覆った桃が、ますます赤くなる。
たっぷりの沈黙の後、え、と口をついて出た声は掠れていた。
桃が、私を?
待ち望んでいた展開ではあるけれど、この脳筋のことだから何かの勘違いかもしれない。
そう思っておかないと、勘違いだったときに今度こそ立ち直れない。
落ち着け自分、と言い聞かせながら息を吐く。
「いや桃、冗談は顔だけに…」
「冗談じゃねーよ」
「………」
思いの外強い口調で桃が否定するから、黙らざるをえなくなる。
まっすぐ澄んだ瞳が、私を捉えた。
思わず手を強く握ったら、爪が手のひらに食い込んだ。