第38章 人はそれを恋と呼ぶ〔桃城武〕
本当はすぐさま泣き崩れてしまいたかったけれど、意地でなんとか持ちこたえて「ちゃんと大事にしないと逃げられるよ」なんて憎まれ口を叩いて。
悔し紛れに頭と背中を何度も叩いてやったら「わーってるって! いてて、お前そんなだからモテねーんだよ!」なんて言われて、さすがにその一言は堪えて、桃が背中を向けているうちに制服の袖で急いで涙を拭った。
おめでとう、の一言はどうしても言えなかった。
引退して暇になったのをいいことに、桃は惚気話をひたすら私に垂れ流してくるようになった。
初めて手を繋いで歩いたのだとか、電話であんなことやこんなことを話したのだとか、デートでどこへ行くべきか迷っているとか、そんなことを延々と、こっちの気も知らないで。
部活で忙しかった頃はこんなに話す時間もなくて、引退したら二人の時間が増えるだろうと楽しみにしていたのに。
こんなことなら引退なんてしないでいてくれればよかったのにと、何度思ったことか。
それが今日になって突然、世の中の不幸を全部背負ったような顔をして私の部屋にやってきて「こんな話お前にしか話せねーな、話せねーよ」なんて前置きして話し出したのが、これだ。
口では散々罵倒しつつ、別れてきたと聞いて、どこかほっとしている自分がいる。
「立ち直れねー…」
「確かに、逃した魚は大きいよねえ」
「そう! それだよ! あーもう死にてえ…」
「あっそ、なら死ねば」
「ぐ、相変わらずひでえよな…」
相手は青学一の美人で、来年大学に入ったら一年生ながらミスコン優勝を確実視されている子だった。
読者モデルの誘いもあるのに「大学に入るまでは」と断っているらしいというのがもっぱらの噂で、目指しているという女子アナにはもう今の時点で当確が出ているも同然というような。