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短編集【庭球】

第37章 この素晴らしき世界〔仁王雅治〕


迷った挙句、あの院長先生とはあれからとても上手くいっている、改めてありがとう、という趣旨のショートメールを送った。
仕事に絡めた内容にしたのは、からかわれていただけだったという結末でも自分が傷つかないための予防線。
大人になるにつれて上手くなった、嘘とも本当とも言えない建前を高校生相手に使うのは気が引けたけれど、背に腹は変えられない。


ついに送ってしまった、なんて思って深く息を吐いたら、すぐにスマホが震え出した。
ディスプレイに光る「仁王雅治」の文字に、震える指で電話を取る。


「…もしもし」
「待ちくたびれたぜよ、渚チャン」
「え?」
「もらった名刺の番号、何回電話しようと思ったか…社用じゃろと思ってやめといたけどな。すぐ連絡くれるかと思っちょったんに」


名前をさらりと呼ばれて、勘違いしたくなるような台詞を聞かされて。
電話越しに鼓動が聞こえてしまうんじゃないかというくらい、私の心臓は暴走して止まる気配がない。


「ご、ごめん。あのメモ、今日気がついて」
「そうか、ならよかった。渚チャンに振られたんかと思ったぜよ」
「え…?」
「振られたんじゃないなら、期待してもええんかのう」


二週間ぶりに聞く彼の声が、前よりもほんの少し弾んでいるような気がするのは、私の気のせいだろうか。
この少年は、どうしてこうも私の気持ちを弄ぶのか。
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